心のこもったお見送りに金額は関係ない
ここまで様々な視点から葬儀における無駄について考えてきましたが、最終的にたどり着く結論は「葬儀の良し悪しはかけた金額では決まらない」という真理であり、お金をかけなくても手間と時間をかけ知恵を絞ることで記憶に残る素晴らしいお見送りは十分に可能だということです。例えば高価な思い出コーナーのパネル作成を業者に頼むのではなく家族みんなでアルバムを切り抜いて手作りのボードを作ったり、プロの演奏家を呼ぶのではなく孫がピアノで故人の好きだった曲を弾いたり、あるいは僧侶の法話の代わりに親友が故人とのエピソードを語ったりするなど、手作り感のある演出こそが参列者の涙を誘い温かい空間を作り出すのです。無駄を省くということは単にケチることではなく、既成概念にとらわれた形式的な儀礼を削ぎ落とし、その分だけ故人と遺族の想いを純粋に表現するスペースを空ける作業(クリエイティブ)であるとも言えます。お金で解決しようとすると楽ですが、そこには「無駄」が入り込む余地が多く生まれます。一方でお金を使わずに心を尽くそうとすると、そこには遺族の汗と涙と時間が注ぎ込まれることになり、それ自体が何よりの供養となるのです。もちろんプロの力を借りなければできないこともありますが、全てを丸投げにするのではなく「自分たちにできることは何か」を考え能動的に葬儀に関わることが、結果として無駄な出費を抑え満足度を高める最短ルートとなります。豪華な祭壇も立派な戒名も必要ありません。必要なのは故人への感謝の言葉と、安らかに眠ってほしいと願う真摯な祈りだけであり、その想いさえあればどんなに質素な葬儀であってもそれは世界で一番贅沢で無駄のない、最高のお別れの儀式となるのです。